
こんにちは!nemu(@nemusblog)です。
実はこの度結婚することになり、結婚式のために帰国する便の中でこの記事を書いています。久々!
そして、あっという間に先日JPOとして勤務を始めて2年が経ちました。
ゆっくり振り返りたいところだけれど、Next careerに向けた準備などで忙しくてそれどころじゃなかった日々。こうやって数年毎に「契約が終わる!」「次どこに行こう!」となる生活に、疲れ始めている感覚もあるここ最近。
今回は、この2年間の振り返りと、そんな気持ちの変化などについてまとめてみようと思います。

Contents
仕事のこと
どれだけ背伸びした組織でも、2年いると「ここにいていい」と思えるようになる
実は私の2年間の影の目標は「ここにいてもいい、と思えるようになる」ということでした。これは1年目にメンターの方と一緒に決めた目標で、チームに貢献できずお荷物だ~!と思っていた私にとっては大きな達成目標でした。
そこから、組織のCareer development制度を活用し、私は
- JPO Buddy
- JPO Mentor
- キャリアコーチ
等々を活用し、それぞれ月1ごとに相談させてもらうように。

JPOとしてのキャリアアップ、組織内でのキャリアアップ、心の保ち方から、上司とのコミュニケーション、プライベートとの両立まで本当に悩みは全部共有していました。
また、私の強みや弱みを理解して仕事をアサインしてくれる本当に良い上司に出会えたことも大きく成長させてくれたと思います。
実は私は人前で英語で発言することが大の苦手だったのですが、それを知った上司がたくさんのアドバイスと共にプレゼン機会をくれるように。

私もそれに合わせて、毎晩CourseraでPublic speakingの授業を履修したりしていました。
そのおかげで、発言自体はやっと少しずつ苦手を克服できているなと最近感じられるように。加えて、担当分野をしっかり与えてもらえたおかげで、その分野にも少しずつ詳しくなり、このまま極めていったら得意と言えるようになるんだろうな、というのも見えてきたり。
一方で、そうやっていろんな偶然が重なり「専門性」を得ることができても、それが必ずしも自分のパッション的なところと繋がるものばかりじゃなかったりもします。
日本にいた頃は「途上国の栄養」というだけで、(既に人材がほとんどいないので)専門性あると認識されていた一方、この業界に入るとじゃあ栄養の中で何を対象とするのか、予防なのか治療なのか、年齢層や地域や、いろんなところに強みを持つ人がいて。
ここまで社会人5年、さらっと全部をカバーしてきた身としては、専門性の強くなさに悩んでいたりします。
「この分野では強い」と言える専門分野が欲しくなってきた
こうやって発言のできなさや自信のなさに悩んだ2年間。国連の先輩や政府を前に、怖気づいてしまうことばかり。その根底には、私が自信を持ってこれは全部詳しい、と思える分野をまだ作れていないことが問題なのかな、と思うように。

それがなくても、しっかり前に出れる人、発言できる人は多いと思います(特に国連はそういうのが上手い人が多いです。いい意味で!)。
でも、ただでさえ人前に出ることが苦手な私がしっかりと引っ枯れるようになるには、ちゃんと勉強して一つの分野を深めて、それを自信に繋げられることが近道なのかも、と思ったりします。
ただ、思い通りにチャンスが巡ってくるばかりではなく、役職も低い中でまずはもらった仕事をちゃんとこなすだけでも精一杯だった2年。この「軸がほしい」「方向性がほしい」という気持ちに、これからはちゃんと向き合っていきたいと思います。
例えば、日本料理を作れる人になりたい!とこの業界に入って、何でも一通りはできるけど、煮物が上手い人、寿司握りは右に出るものはいません!な人、焼き物の修行は10年やっていました、みたいな人たちに囲まれて、それぞれと議論すると相手ほど深くまで向き合えていなかったことを実感する感じ。これで「日本料理に関われているからいい」とするのか、相手と同じくらいの想いを持つ方向に足を踏み入れるのか、そんな段階です。
どんな組織でも、「所属して満足」が大部分、「変化を起こす人材」は一部分。
憧れが大きかった組織であったからこそ、皆Innovativeでがつがつと変化を起こして動かしていくような人が多いのかな、と何も知らずに想像していた入職前。かっこいい!というなんとなくの憧れが勝手にそういうイメージを作り上げていたのですが、生き残ること自体が難しいことも理由なのか、所属すること、残ることが目的になってしまいがちだと感じることが多々ありました。

私だって入りたかったから「所属すること」が目的の一つだった人の一人です。でも、上を見ても周りを見ても、きっと他の組織と同じような割合なのかもしれないのですが、そういう人が多くなりがちな雇用形態だな、とも感じました。
組織に入ることが最終目的だったら、それだけでも簡単ではないので、そこに全力を注ぐことが良いのかもしれません。
ただ、解決したい課題があったからその組織に入ることを目指したのであれば、良さそうな場所で「関われている」一員であることだけで満足していないか。大きな組織の歯車になるのではなく、本当に自分の頭で考えて試して動いて、Beneficiariesの声を聞いた支援ができているのか。どこに行っても「すごい」と言ってもらえるような肩書があることが嬉しくなっていないか、いつの間にかそこから離れられない自分になっていかないか。
そんなことを、周りの人を見て自分に問い続けた2年間でした。
国連は給与が良いことでも有名なのですが、そこに慣れたくない私は給与の10%だけで毎月生活していました。残りは次の学費で消えそうですが、贅沢をしたくてこの仕事をしたいわけではなかったので、生活水準を変えずに2年間過ごせたことは良かったです。
自分でなくても、ここで働きたい人たちはたくさんいる
これも痛いほど実感した2年間。当たり前だけど、国連で働きたい人はたくさんいて、そこに私が所属できている理由は、現時点では「日本人だから」「ドナー国でJPO制度があるから」。もっと優秀な人たちに、どうやって入ったの?と聞かれる度に、ちょっと申し訳なく感じていたりもしました。
そんな中で、私がこのポストに就けている理由が、上記のような理由ではなくなるように、実力を伴わせていかないと、とプレッシャーを感じ続けた日々でした。まだまだ頑張らないといけないことばかり、、!
大きな組織になるほど、Beneficiariesとの距離は離れてしまう
国際協力を目指した人って、現地の人との何気ないやりとりが心に残った人なんかもいるのではないでしょうか。
私もバックパッカー時代にこの仕事を目指したので、そんな思い出が今でも私を支えてくれています。

任国への滞在中、青年海外協力隊の方がいるということで個人的に遊びに行った際、そこが組織の支援先でもあったことがありました。
そこで、普段支援組織が視察に来る時に見るもの、聞くことと、JOCVの方が見せてくれた日常がどれだけ離れているのかを目の当たりにしました。
支援をしてくれている、もっと支援をしてくれるかもしれない組織が来るから、それに合わせた準備をするのは当たり前のこと。
でも、大きな組織に属していながら、ありのままの現場を見れていない立場であったことが、少し悲しかったことを今でも覚えています。

だからこそ私は、早めに現場経験を、と強く感じています。
立場によって変わる、現地の見え方と扱われ方
他にも、現地銀行口座を立ち上げる時に組織の雇用証明を持っていくと、勝手にゴールド会員に設定されたことがありました。
毎月の使用額(私の場合は上記の10%)を参考に自分で決めれるシステムだったので聞いたところ、稼いでいい生活をしているからもっとこの国にお金を落としていけ、と怒鳴られて泣く泣く銀行を出たことを覚えています。
大好きなこの国に着いて数日後の出来事でした。これまで何度も来ていた国で、これだけ見られ方が変わる事に驚いた、洗礼となった出来事でした。
どこの国でも、国連職員が住むエリアは家賃が全然違うだけでなく、使うスーパーも、行くレストランも違ったりします。私は栄養士なので、現地の100円ごはんなどをもりもり食べたい(食べてる)のですが、そんな身体に悪いものを食べるのか、と同業者に言われたこともありました。
現地の食を知らずに国の栄養支援に関わるなんて!と思ってしまう私はまだまだ現場畑なのかもしれません。
プライベートのこと
この仕事とプライベートとの両立は、やっぱり難しい
これは私の主観ではなく、ここ2年周囲の人の話などを見たり聞いたりした結果ですが、わかったのは「やっぱり難しい」ということでした。
いろんな例があるので、それでもこれは私の一意見にはなりますが、両立しやすいですというSNSなどの意見に関しては、そのパートナーや子どもの意見も同じ分量聞いてから判断すべきだと個人的には思っています。
家族も仕事も、と活躍されている方々の裏には、自身のキャリアや希望を抑えて支えてくれているパートナーや、数年毎に友達と離れ、慣れない複数言語習得に努力するお子さん方もいます。家族総出でこのキャリアをサポートする体制はとても素晴らしいなと思うと同時に、結果的にうまくいかないケースも多い中、やっぱり簡単ではないなという答えに行き着きました。
国連はやりがいや給与など魅力が多い部分もありますが、この難しさとのバランスを見るとトントンかなと思ったりします。更に運や上司ガチャなどを目の当たりにしてきた今は、トントンなのかもちょっと疑問に思ったりします。

だからこそ、どうやってバランスを取っていくのか、を考える余裕がある若いうちに経験してみるのも良いんじゃないかな、と思います。この件に関してはこの2年間、たくさんの同僚と意見交換をしてきて、誰もがいろんな形で試行錯誤をしていました。
難しいことがわかっていても、でもキャリアも大切にしたいと諦めない人たちに出会えたことは、ちょうど結婚を控えている私にとっては本当に大きな学びでとても感謝しています。
そして、なんとか両立したり、諦めず挑戦を続ける先輩方が残っているのであって、そうでない人たちは離れているので、世の中に出ている両立できます!な意見の裏に、別の選択をして離れていった人たちも多くいることも踏まえた上で、この大切なテーマに向き合っていきたいと思います。
生活は、CVやLinkedinに書けることばかりが大切じゃない
仕事では本当に充実した毎日でしたが、寂しいなと泣いた夜も実は何度もありました。
家族が、子どもが、と言いながら足早に帰る同僚を横目に私は特に家に帰る理由がないこと、そういえば周りみたいに「誰かのために」頑張る理由は私にはないこと、Youtubeを見ながらごはんを食べる時間に、世の中には家族で「今日どうだった?」と話している人がいること、いつ一緒になれるかわからない遠距離のパートナーと、(この業界の特性上)先の話ができないこと。
「頑張ってる」ってなんのためになんだっけ。現地の人のために、であれば他にも選択肢もある中、このままこの生活を続けたらもっと上には行けるけど、私は何がほしいんだっけ。と思うことがありました。
きっとこれは、夢を叶えたからこそ思えるのかもしれない、と思うと喜ぶべきことなのかもしれないですが、
Promotionを経て上のポストを得ていきたいわけではなく、というか高い役職や給与が欲しかったわけではなく。ただ好きという気持ちで選んだこの仕事に満足してきた今、そろそろ1人で異国で頑張り続ける毎日に疲れと飽きがきたのかもしれません。
まとめ:それでも、好きな仕事を続けていきたいから
こんな振り返りが多くなった今回ですが、ポジティブでない内反から学ぶことのほうが多いよな、と感じている最近。
この大切な気づきを踏まえ、自分が最も良い毎日(9-17時の仕事時間だけじゃなく、24時間全部!)を作れるように
また新しい挑戦を続けていきたいなと思っています。🌱