世界一周トラベラーnemuのカンボジア在住記録

カンボジアで働く英国産栄養士、新卒25歳の日常と旅の記録。

イギリス大学院留学を目指したら、不安と恐怖でプチ鬱になった時のこと。

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こんにちは!nemu(@nemusblog)です。

今日は、私がイギリス大学院の準備期間〜渡航の間に起こったプチ鬱の出来事について。

 

精神的に落ち込むことって誰にでもあるのに、

なんとなくそれを恥ずかしいこととか、隠すべきことだという風潮があると感じています。

そして、そういった風潮はとても苦手です。

 

また、うまく行っている人の影の部分はどうしても見えづらく、

時にそんな風潮が人を苦しめてしまうんじゃないかと思っていました。

最近の芸能人の自殺に対して「なんであんな人が!?」という見出しだったり、私にも「あなたは成功してばかり」と言われるたびに、もやもやとした感情が生まれていました。

 

私も以前、落ち込んでいた時期がありました。留学直前の頃です。

そして、そんな風潮のせいで立ち直った後も「黒歴史だ」「恥ずかしいことだ」と思って過ごしていました。

 

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でも、この経験があったから留学を乗り越えられたし、今も新しい国でなんとかやっていけてる。と思い、このタイミングで振り返ってみることにしました。

 

いつも大学院留学のキラキラとした面を発信していますが、やっぱりその裏には大変なこともあったよ、という話です。

プチ鬱になるまでのこと

自分の人生を左右する就職活動の期間って、誰でもいろんな感情が生まれると思います。

海外大学院留学も同じでした。

留学準備は、孤独との戦いだし、決まらない未来に対する不安がずっと付き纏います。

 

まず、イギリス留学で必要となるIELTS

私は、英語をちゃんと勉強したことがなく、旅をしながら話せるようになりました。

だからWritingが苦手で、学習時間の多くをライティングに費やしていたにもかかわらず点数は上がらないばかりか、凡ミスで下がることも。

 

一回あたり25000円程と高額なのに、ベストな結果を出せない自分と、終わりの見えない戦い少しずつ自分への自信や「やればできる」という感情を削ぎ落とされていっていました

 

スマホはあえて格安SIM対応にし、ほとんどSNSでの交流もできない状態に。

スカイプ英会話にお金を払って毎日練習していても、当日本番のテーマが初対面だったりすると、ただの英語初心者みたいな回答になってしまう。

 

加えて、奨学金がもらえないと進学できなかった私は、面接前に緊張と不安のあまり自律神経失調症になってしまいました。

前1週間は何も食べれなかった。

学食に行って、いつもは美味しそうに見えるメニューの前で、何も食べたいと思えない自分に涙が出たこともありました。

IELTSも面接も、一瞬の自分の行いや判断がその後の自分の未来を決めるなんて、ただでさえ自己肯定感が低い私にとってはあまりにも重い出来事でした。

 

ゼミの友達からは「いつも体調壊してるよね」と心配され、ドラッグストアの栄養ドリンクや頭が冴える薬?などをいろいろ試しては、身体に違和感を感じてばかりで集中できなかったり。

 

そんな準備期間を終えて、なんとか全て乗り越えても、「財団本部の最終合格がまだ出ていない」と、卒業しても、私だけ進路が決まっていない状態で社会にぽんっと放り出されました。

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進路が決まるまでは、東京でインターンをさせてもらうことに。

仕事は素晴らしい経験で、多くの学びを得ることができました。

でも、その後の未来もわからなければ、プライベートも崩壊していて限界が近づいていました。

というのもちょうどその時、一緒に東京で暮らしていた彼と別れることに。

進路も、頼れる人も何もいなくなってしまい、電車の中でも、街を歩いていても「これからどうしよう」と涙が溢れていました。

 

Twitterを長くフォローしてくれている人は感じているかもしれませんが、私は日本社会に少し息苦しさを感じています。

そして、その息苦しさを、東京に来てから、より実感するようになりました。

 

何かをしていないと価値がないんじゃないか、と思わされる。

お金がないと楽しめない、と感じる。

人々はいつも疲れて、暗い雰囲気が流れている。

 

「〜と思わされる」「雰囲気」といった、自分の受け取り方の問題なのに、そんな首都にさえ適応できない自分に嫌気が差してしまうようになっていました。

みんな、そんな中で価値を見出して輝いているのに、自分は何をしているんだろう、と。

 

他の奨学金の面接で銀座に行った時、質問にうまく答えられず、帰りながら「もうだめだ」と大泣きしていたことがありました。

キラキラした銀座の街で、自分だけ誰からも見られていないような、価値がないような感覚に陥ってしまったり。

 

挙げ句の果てに、駅のアナウンスで「お疲れのところ、お手数をおかけします」的な言葉を聞いた時、疲れてしんどいって気づいてくれるのは駅のアナウンスだけじゃん、と本気で思って(やばい人みたいですよね😂)全部嫌になってしまいました。

 

その頃AirDrop痴漢を受けたりして、相手の人が普通の見た目だったことと、それを話した友人は皆ネタのように面白がったことがショックで、外のことが何もかもが怖くなっていきました。

 

ごはんが食べられなくなり、5kg痩せてBMIは17程度まで落ち、唯一好きだった食事のことさえ、何も美味しく感じられず食べたくない、という状況になりました。

 

 

そんな状況が続いたある朝、家を出ようとしたら過呼吸になってしまい、もうだめだと泣きながら病院に行きました。当時、唯一の支えだった仕事を休んで。

 

 

ずっと食べれていなかったので、病院では点滴を受けました。すっかり細くなった自分の腕に驚いて、"こんなこと"で病院に来ることが恥ずかしくて、看護師さんにずっと謝っていました。

 

薬をもらう時、説明したいから別室に来てと小声で言われ、「ああ私は人に知られるべきじゃない状態なのか、間違ったことをしているのか」と悔しかったことを覚えています。

 

それまで、自分は鬱なんかになるタイプじゃないと思っていました。自分で言うのも変だけど(って言ったほうがいい風潮も好きじゃないけれど。笑)、普通に明るいし友達もいるし、すぐに人と仲良くなれるし。

 

だから、こうなった自分を受け入れられなかったし、恥ずかしくて本音で話せる人もいませんでした。

そして、東京にいる期間が終わったその夜に、逃げるようにして実家に帰りました。(片付け手伝ってくれた友達、本当にありがとう....!!!!!)

 

当時はネットニュースやSNSで「キャリア」「留学」「恋愛」といった文字を見るだけで吐き気がしていました。東京の地名に関しては今でも吐き気がします。 

 

結局、もらった薬は飲んでいません。ただ、今でもお守りのように持っています。💊

プチ鬱になってから

そんなメンタル状態で実家に帰り、奨学金の確定連絡もないまま、行けるかわからない留学を前に、朝が来て欲しくない毎日が続いていました。

何にもやる気が起きない、でももし留学ができるならそれはあと2ヶ月後...という謎の状況。

 

ただ、もし行けることになったら絶対に留学は失敗したくない。という思いだけが唯一ありました。

こんなにメンタルを崩していて、このままじゃ行けても授業についていけない。

自分の弱さが導いた結果で、大学院留学までを崩してしまうことがないようにしなきゃ。

 

そう思い、まだ留学が確定していないのに、逃げるように私はフィリピンに英語を学びに行きました。

東京を離れて3日後のこと。

英語学習という以前に、とにかく、逃げたかったという思いだけでした。

既に就職して頑張っている友人のSNSや、キャリアや結婚を煽ってくるメディア、これまでで最も辛かった時期を思い出させる全ての情報を遮断するにはとにかく出るしかない。

 

一番好きなフィリピンで、とにかく英語に触れて過ごそう。きれいな海を見て癒されよう。と、セブ島の、海沿いの学校に行きました。

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フィリピンで過ごしたのは1ヶ月。それまでも8回ほど行っていたほど大好きな国です。

自分の失恋を泣きながら話してくれた先生、とりあえず楽しいことしよう!と誘ってくれる友人、そして私の帰りを待ってくれていた現地の子供達と久々に触れ合い

数ヶ月ぶりに初めて笑うことができました。

 

ストレス社会で揉まれていた東京から一転、自分の人生を見直したり新たな挑戦に向かう人たちに囲まれた生活は、

「日本だけが私の人生じゃない」と視野を広げてくれました。

この頃から、今後どんな道に進むことになっても、ずっと海外で生きていきたいなと思うようになりました。

 

まだ、心の傷は全然癒えてなかったけれど、なんとか笑えて、ごはんがおいしいとか、心から楽しいと思えることが増えてきた頃、帰国と同時に奨学金確定の連絡が来ました。

いざ、イギリスへ渡航

奨学金が確定して渡航までは1ヶ月。ビザの申請や、その他準備であっという間でした。

「メンタル崩壊していたせいで、英語の遅れをとってしまったんじゃないか」という不安がまだ拭えず、そしてやっぱりすぐに出たかったので(出たすぎ)

大学院の授業開始前に、ロンドンの語学学校でもう少し英語を学ぶことに。

現地の生活や、ブリティッシュ英語に慣れて、とにかく授業に遅れを取らないようにしたいと思っていました。

 

それほど、私は本当に自信を失い、明るい未来が見えていない状態でした。

 

ロンドンの語学学校は2週間。破天荒なラテンのルームメイトと、英国マナーに厳しいホストマザーに囲まれ、辛いけれどなんとかイギリス生活に馴染もうとしていました。

 

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ルームメイトが彼氏に「留学生活の不安」を話していたり、日本人留学生が「イケメンにナンパされた〜!」ときゃっきゃする様子とかを見ながら

何も前向きになれていない私は、そんな楽しそうな人たちがいちいち気になってしまったし、

実際に通う大学院を初めて見て、やっぱり不安で建物の下でしくしく泣いていました。

 

周りからは、一番行きたい大学院にいけて、しかも奨学金ももらえるなんて、すごいね!!と言われてばかりでした。感謝しなさい、ありがたいことだとも言われました。

 

もちろん、それは頭ではわかっていながらも、たくさんの不安や恐怖がありすぎて、素直に幸せを感じられない自分がとても悔しかったです。

 

でも、そんな思いや一つ一つの行動が素敵な結果を持ってきてくれたのかな、とも今は思えています。その話はまた後々...

まとめ

当時、支えてくれた友達のことは今でも細かく全部覚えています。

弱い時に一緒にいてくれた家族、「そのままで大丈夫」と言ってくれた友達、

細くて痩せた私でも、それくらいが好きと言ってくれた人も全部覚えてるし、

これからもずっと感謝の気持ちを持ちながら一緒にいたいと思っています。

 

ちなみに私は桜の花が大好きなのですが、プチ鬱だった頃に毎日見ていた桜は全然きれいだと思えませんでした。

もう2年ほど前になったけれど、今でも大好きだった桜を見るたびに、きれいだと全く思えなかったその春を思い出します。

忙しく仕事に向かう人とか、子どもと遊ぶお母さんを見ながら、人生で何も打ち込めることがない自分がとても悔しかったです。

 

その前も、留学も、その後も含めてたくさんのことを経験した今、「すごい」と言ってくれる人がいるけれど

こんな感じで私は決してすごい人ではないし、今ある珠玉の幸せも、もしかしたら潰れることもあるかもしれません。

 

また崩れたらどうしよう、と思って不安にもなるし、その予防策的な形で趣味を増やしたり、いろんなコミュニティを持ち続けたいと思っている部分はあります。

 

人生は山あり谷あり、なのできっとまた大変な経験があるのかもしれません。

特に、住む場所やコミュニティを数年ごとに変えるライフスタイルなので、どこでも幸せに暮らすのは結構大変だなと感じます。

 

ただ、なんとか踠いて耐えた時の経験からの学びはとても大きく、今ではとても感謝しています。そんな思いを忘れたくないと思い、今ここで残しておくことにしました✏️

 

そんな一つ一つの経験で崩れるんじゃなくてもっと逞しくなりたいし、同時に人の痛みや辛さをわかる人になりたいな、と思います。

 

精神的にしんどくなるのって、経験するまでは人ごとだと思ってしまうんですよね。

誰にでもあることだからこそ、もっと寛容で優しい社会になってほしいと願っています。

 

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