ハーバードMBAとメキシコ人漁師の話から考える、幸せの定義について | Nemu's Blog  

ハーバードMBAとメキシコ人漁師の話から考える、幸せの定義について

こんにちは!カンボジア2年目になりましたnemuです。

カンボジアもコロナの影響でついに行動制限が始まりました(今更)。

せっかく田舎で篭れるこの機会に、ブログの更新や投資の勉強を頑張っていきたいと思っているところ。

nemu
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最近、カンボジアの投資や預金について調べています。また勉強したことを紹介させてください!

今日は、私の大好きなハーバードMBAとメキシコ人漁師の話についてご紹介。

社会人になって1年が経ち、将来のことをゆらゆらと考えている毎日。

つい最近までは不安定で自由なことが楽しい!と思っていたけれど、それだけではダメかも?と思って書いた記事は

今もたくさんの人に読んでいただけています。

今日は、働き方や生き方について考える際の一つの考え方として、このお話の私なりの解釈をまとめてみたいと思います。

そもそも、ハーバードMBAとメキシコ人漁師の話って?

 

筆者は不明、英語で広く伝わっている短い話です。

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The businessman was at the pier of a small coastal Mexican village when a small boat with just one fisherman docked. Inside the small boat were several large yellow-fin tuna.

The businessman complimented the Mexican on the quality of his fish and asked how long it took to catch them. The Mexican replied “only a little while”.

とあるビジネスマンが、メキシコの小さな漁師町を訪れます。見つけたのは、魚を積んだ小さなボートと漁師さん。

ビジネスマンは、その漁師にどのくらいの魚を得たのか、どれくらい時間がかかったのかなどを伺います。

メキシコ人漁師は一言、「ちょっとだけかな」と。

The businessman then asked why he didn’t stay out longer and catch more fish? The Mexican said “I have enough to support my family’s immediate needs”. The businessman then asked, but what do you do with the rest of your time?

The Mexican fisherman said, “I sleep late, fish a little, play with my children, take a siesta with my wife, Maria, stroll into the village each evening where I sip wine and play guitar with my amigos; I have a full and busy life, señor.”

ビジネスマン「なぜもう少し沖に残って魚をもっと得ないの?」

漁師「家族が生活する分には十分なんだよ」

ビジネスマン「じゃあ、それ以外の時間は何をしているんだ?」

漁師「たくさん寝て、ちょっと漁をして、子供と遊んで、妻と昼寝をして、毎晩友達とギターを奏でてワインを飲むんだ。忙しい毎日だよ。」

The businessman scoffed, “I am a Harvard MBA and I could help you. You should spend more time fishing and with the proceeds buy a bigger boat. With the proceeds from the bigger boat you could buy several boats; eventually you would have a fleet of fishing boats.

Instead of selling your catch to a middleman, you would sell directly to the processor and eventually open your own cannery. You would control the product, processing and distribution. You would need to leave this small coastal fishing village and move to Mexico City, then LA and eventually New York City where you would run your expanding enterprise.”

ビジネスマン「僕はハーバードのMBAを持っている、君の力になれるよ。もっと漁をして大きなボートを買うんだ。そしていくつかボートを追加して、最終的に大きな漁船まで持てるようになるよ。」

「仲介業者を挟まず、直接加工業者に売って、いずれ自身の加工工場を持てばいい。そしてこの小さな村を去って、メキシコシティ(首都)に行って、ロサンゼルスやNYでもいい。自分の会社を大きくするんだ。」

The Mexican fisherman asked, “But señor, how long will this all take?” To which the businessman replied, “15-20 years.” “But what then, señor?”

漁師「でも、そこにたどり着くまでどれくらいかかるんだ?」

ビジネスマン「15〜20年くらいかな」

漁師「その後に何があるんだ?」

The businessman laughed and said, “That’s the best part! When the time is right you would announce an IPO and sell your company stock to the public and become very rich. You would make millions.”

“Millions, señor? Then what?” The businessman said, “Then you would retire. Move to a small coastal fishing village where you would sleep late, fish a little, play with your kids, take a siesta with your wife, stroll to the village in the evenings where you could sip wine and play your guitar with your amigos.”

The fisherman, still smiling, looked up and said, “Isn’t that what I’m doing right now?”

ビジネスマンは笑って答えます。

「ここからが最高なんだよ。自分の会社を株式公開して、自社の株を売ってお金持ちになる。億万長者になれるよ」

漁師「億万長者?それで?」

ビジネスマン「そしたらもう仕事を辞めていいんだ。小さな漁村に引っ越して、ゆっくり寝て、ちょっとだけ釣りをして、子どもたちと遊んで、妻と昼寝をして、毎晩友達とギターやワインを楽しむんだ

それを聞いた漁師は笑って答えました。「それって今僕がやっていることじゃないか。」

この話に対する意見

さて、みなさんはこの話を聞いてどう思いましたか?

おもしろい、好きだ、共感できない、不快だ….等々様々に意見が分かれると思います。そして、その心の声はとても大切。

なぜならこの話は、自分自身の幸せの定義について考える際にとても参考になると言えるからです。

皆、違った幸せがあるからそれでいい?

ビジネスマンのことを、おせっかいだなと鼻で笑った人がいるかもしれません。

彼の考える幸せは遠回りで、そんな苦労をしなくてももう得られているのに。と。

私も、最初にこの話を聞いて好きになったきっかけは、あたかも成功の象徴のようなハーバードMBAさえも

見落としていた”足元の幸せ”に気付かせてくれるものだったからです。

彼らの求めている成功は、遠回りなんじゃないかと思わせてくれる。

ちょっとの皮肉と共に、皆それぞれが「違った幸せ」を大切にしていって良いんだというメッセージを感じました。

漁師は、自分と今のことだけを考えている?

ただ、最近は違った視点でこの話を見るようになりました。

きっかけは、このコロナ禍で毎日のように聞く休業、廃業、失業….。

ちょっとした何か(コロナはちょっとしたことではないけれど)で崩れてしまうかもしれない幸せを

ただただ受け取って毎日生きていることは、とても不安定。

将来に対してあまりにも無責任なんじゃないかと感じるようになりました。

nemu
nemu
何かを否定したいわけではなく、これからキャリアを重ねていく身として土台を重ねたいと思ったまでです。

もし、漁師が毎日一緒に遊んでいる子どものうち一人が、夢を持ち、大学に行きたいと言ったら。

もし、漁師が病気になって、漁に出ることができなくなったら。

漁師の毎日の幸せは、違ったものになってしまう。

ビジネスマンの提案する通りの計画で億万長者になっていたら、その幸せを続けられるかもしれない…のに。

nemu
nemu
「もし〜〜」なんて考えること、私は好きではありませんでした。そんなこと言っていたら何もできないじゃん!と。

ただ、長期的に考えた時に、その「もし」に時間や意識を投資することで、総合的に大きな幸せが得られるんじゃないかと最近は感じています。

「当たり前」の毎日を、思いっきり大切にしたい

私の暮らすカンボジアは、日々様々な事故が起こります。交通事故、農業での落下事故、湖で溺れてしまう…

医療関係の仕事に就いていることもあり「いつ、何が起こるかわからない」という現実に、毎日のように直面しています。

 

確かに、発展途上国と比較したら、日本で”何か”が起こる確率は低いかもしれない。

だったらラッキーじゃん、関係ないわ。と思う人もいるのかもしれないけれど。

そんな中で日々家族の繋がりや絆を大切にしているカンボジアの人たちから学ぶことはとても多く、

「私たちは大丈夫だから」と身の回りの幸せや当たり前を大切にできていないことは、とてももったいないと感じてしまいます。

自分にとっての”幸せ”とは?

一方で、大切な家族のためにと仕事をしながらも

家族関係がうまくいかなくなってしまうことだって、たくさんある。

国際協力界隈では、自分の夢を追いかけながら家族は後回し…となったり、うまく続けられなかったりという話もよく聞きます。

それが自分の選択であれば、とやかく言うことではないけれど。

自分にとっての幸せな人生を、自分が気付かずにチャンスを失っていってしまっているとすれば、それはとても悲しい。

 

どれだけ、勉強をしたとしても。収入を高めていったとしても。キャリアがあったとしても。

それが自分にとっての幸せな生き方ではなければ、心は満たされないかもしれません。

 

私は今、カンボジアでとても好きな仕事ができています。

その一方で、友達と仕事終わりに遊んだり、将来の不安を話したり、休日は自分を高める機会を作ったり、大切な彼氏に会ったり、応援してくれる家族の元に戻ったり…ということが、とてもとても難しくなりました。

 

全部を得ることは難しいのかもしれないし、どこかを我慢しないといけないのかもしれない。

ただ、キャリアだけが輝かしければ、それが人としての成功なのかというと、そうではないはず。

 

どんな人生を掴む自分になりたいか、考えてみる

自分にとって幸せな生き方を知っていて、それを実行できている人になりたいなと感じます。

そのためには、今の不安定な幸せのためだけではなくて、もっと安定して続いていくように、

勉強を続けてチャンスを掴んでいく必要があるし、経済的自由を得てもっと可能性を広げていく必要がありそう。

そう考えたとき、この話では笑われがちな「ハーバードMBAのビジネスマン」にちょっと耳を傾けたくもなります。

 

彼もMBAなら、もっと言葉や伝え方を考えれば、こうやって後々ネタにされる寓話にはならなかったのかも。

 

 

というわけで、最近は次の暮らしの計画や、投資についての勉強を日々コツコツ重ねています。

ワードプレスの記事編集に慣れずに更新が滞っていますが、ぼちぼち記事を増やしていきます✏️

 

 

 

 

 

 

 

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