【新卒】パワハラの意味とは。経験して良かったと思うこと

こんにちは!イギリスで働き始めて2ヶ月が経ちましたnemu(@nemusblog)です。

SNSではできるだけポジティブな出来事や思いを発信していきたい!と思っているのですが、それでもやっぱり不安なこと、大変なことはたくさんある毎日。。

以前、とある環境で辛い日々があった話をSNSでシェアしたところ、思った以上にDMやコメントをいただいたことがありました。

今、長年憧れだった場所で、夢見ていた仕事へ一歩ずつ近づく毎日を送れている中で

あの時の経験があったから今がある、と思う機会が幾度となくありました。今日は、そんなお話です。

この記事を読んでくださる方へ

本記事の情報は、あくまで自身の経験や執筆当時の情報に基づいてまとめたものになります。
アップデート等随時対応予定ですが、記載内容等についてご意見・ご質問等あればお問合せフォームよりお願いいたします。🙇

この記事を書いた理由

基本的にEverything happens for a reason精神で過ごしているので、すごく嫌なことも「これは自分の人生にとってどんな意味があるのか」を考えるようにしてきました。

ただ、パワハラに関してはまじで無意味な経験だ〜と当時は思っていました。



今回、別に何かを否定したいわけではなく、全てが悔しくて辛かったパワハラ時代の出来事も今を作ってくれている、という視点に繋げることもできた、という話をシェアしたく、記事を書くことにしました。

パワハラ時代、自分を否定されることも、意味のわからない理由で人前で恥をかかされることも

もちろんとっても辛かったのですが、何よりも私が嫌だったのは

何十歳も年下の人間(わたし)を苦しめるような人に、この貴重な時間や精神を奪われることでした。



そんな人が所属できてしまうような組織に自分がいること、

そういうことを平気でできてしまう人に、自分が一生懸命高めてきた自尊心や、努力や誇りをずたぼろに崩されることが本当に情けなく

”この経験に時間を割くことになんの意味があるんだろう….”とずっと思っていました。

ネット上にはパワハラの対処や訴え方等々は情報が多いものの、この経験がどうプラスになるのか、といった話はなく

そんな暗黒時代が過ぎ去った今、自分なりに振り返ってみたいなと思ってまとめてみます。

①より良い場所で認められる自分になる努力を続けることができた

結局、パワハラをするような人を受け入れている組織に自分がいるというのがまず根本の問題だと考えました。

もっと良い人材を選んでいて、スタッフを正しく守ってくれる組織に自分が行くには

まずそういった組織に認められるような人材に自分がなる必要がある….ということ。

nemu
nemu

課題のある人さえにも頼らないといけない組織に、自分の人生を委ねることはできません…!



そこで私のような小娘が組織やスタッフが問題だ〜〜〜と否定しても変わらないので、

そこにしか所属できない自分自身に問題があるのだと捉え、スキル面を向上させることに注力しました。



具体的には専門分野のスキルを高めるために研修やセミナーに参加したり、語学のレベルを上げることに仕事以外の全時間を注いでいました。

nemu
nemu
辛い思いをすればするほど、勉強への熱意は上がり、今振り返ると信じられないくらい、毎日仕事終わりに片っ端から勉強し、その当時仕事で使うことのほとんどなかった英語・フランス語もしっかりキープすることができました。

②自分に与えられている恩恵を再確認できた

自分と違う考えや価値観を持った人を理解したり、違いを受け入れたりするには多くの経験や学びが必要になってきます。

様々な考え方があるかと思いますが、私は人を差別したりいじめたりする背景には、自分と違うことが嫌・怖い・不都合だといいった思考回路があり

そこには幼少期の経験や家庭環境がベースにあるものの、自分の価値観のアップデートに繋げる経験や教育を受けられなかった要因も影響しているんじゃないかと考えています。

また、自分と全く違うバックグラウンドを持った人に対しての配慮や理解に必要な想像力も

同じ経験がなくとも、その他の様々な経験や学習によって少なからずカバーできる部分もあるはず。

「当たり前に人を否定していいと思っている人」と「なぜそんなことをしていいと思うのか理解できない人」の間には

この経験値的な部分に大きな差があるんじゃないかと考えました。

人をいじめていい、差別していいという考えに自分自身は至らないという点で、

気づかないうちに多くの学びを周りの環境が与えてくれていたんだろうなと感じることができました。

それは、人をいじめるような人がたくさんいる以上、

残念ながら当たり前ではなく、とても恵まれて幸せなことだったんじゃないかと感じます。

なので、その受けた悔しさを誰かに与えるのではなく、自分の中で咀嚼して、ここで止めたいと耐えていました。耐。

③人の辛さや苦しさにもっと寄り添えるようになった(かな…!)

辛かった時代があったからこそ、家族や友人、パートナー含め

その人に辛いことがあった時に「もっと頑張れるよ」「みんな頑張ってるよ」という思考を持つことが一切なくなりました私に何か相談したら、その瞬間からどう離れるかの話しかしないと思います。笑



これは、以前プチ鬱になった時も少し成長できたかな…!と思った部分だったのですが、

流石に社会人はお給料もらうし大変で当たり前でしょ〜という考えも(人間関係のいざこざに関しては)一切なくなりました。

nemu
nemu
人に厳しく言ったり、弱さに寄り添えないのって、自分がそういった経験したことがないからなんじゃないかなと思います。

特に自分のまわりの家族やパートナー、友人にはこんな負の負みたいな経験はしてほしくない!ので

もしかしたらいつか守れるきっかけになれるかもしれない、と思うことでじんわり心が温かくなります….経験した価値がありまくる…..

イギリス大学院留学を目指したら、不安と恐怖でプチ鬱になった時のこと。

④「自分を守る」大切さを実感し、無理しすぎないようになった

たぶん厳しい上下関係下でがっつり絞られて残業してめちゃめちゃ毎日お仕事を頑張られている方にとっては

私の姿は「ただの逃げ」とも見られうるんじゃないかな、と思います。

社会はそんなもんだぞ、と直接言われたこともありました。

ただ、私は自分の辛さをちゃんと表に出して、不安定だけど離れたことはすごく大きな自信になりました。



一度経験したことで、これからまた他人や環境(=自分では変えられないこと)を理由に辛くなっても、自分を守れる選択ができるはず。

この自信を持てたことで、自分にとって少し背伸びした環境に今は挑戦することができています。

nemu
nemu
辛くなった時の対処法を一度経験できた故の、ちょっとした挑戦でした。経験していなかったら、もっと易しそうな場所で包まっていたはず。



また、そんな挑戦した環境に身を置いた分、日々自分にとって優しい選択をするように心がけています。

無理して辛いことに耐えるのが偉い!という風潮からは離れる人生を送ることにしました。

今のところ、社会はそんなもんだけではなさそうです。

⑤今の人生を好きになることができた

無理して自分に合わない環境で耐えていた毎日よりも、自分で離れる選択をして、新しく選んだ毎日にとても誇りを持っています。

不安定な分、不安でぶわ〜〜〜〜〜っとなることも多々ありますが

他人のせいで苦しめられていた日々より、自分の無力さや将来への不安、つまり「対自分」で悩む方がまだ断然健康的だと感じます。これは本当に!

他人はどうやっても変えられないけれど、対自分の悩みと向き合うことに関してはプラスしかない部分なので

そういう毎日を得られているのはとても幸せだと感じます。

まとめ:自分に合う場所は絶対にあるはず

パワハラの話をすると、不運だったね….と言われることもあるのですが

こう振り返ってみると、早い段階で辛い経験を得たからこそ、早く良い環境に動けたのかなと感じています。

同じ経験を、20代後半や30代になって得ても、今回のようにすっと動いて新しい言語で仕事を始められるのかと考えると

さまざまな制約が予想できてしまいます。



今の毎日では、入社前にパワハラや差別に関するトレーニング受講が必須だった他

入社後も、スタッフ一人一人の権利をどう守るのか、丁寧な説明がありました。



社内のありとあらゆる場所に、「正しくないことが起こっていると感じたらここに連絡してね」と張り紙を見つけることができます。



本当に、やっと、働く上で必要な権利が守られていると感じます。

パワハラを上に報告しても「機嫌の悪い時に話しかけたあなたが悪い」「それでもあの人は必要だから我慢しなさい」と流され耐えるしかなかった日々も、一歩踏み出すとこんなに違うのか、と毎日実感しています。

社会人の悩み事の大部分は人間関係だから、とパワハラ時代何度も言われましたが、場所次第ではそんなこともなさそうです。



自分で変えられない他人や過去、環境のせいで今は苦しくても

自分に合う場所を探し続ければきっと見つかるはず….とこれからも信じて、

そんな場所に居続けられる自分になるように、日々努力を重ねていきたいなと今はやっと前向きに感じています。

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